象牙・・・

有料ネットニュースチャンネルの『VIDEO NEWS』が毎週土曜日に配信する『マル激トーク・オン・ディマンド』という番組があります。先週土曜日に配信された番組では、トラ・ゾウ保護基金事務局長の坂本雅行氏をゲストに象牙密猟の問題を取り上げていました。ぜひ見て欲しいです。

 

現在、象牙の国際取引はワシントン条約によって禁止されていて、日本もそれを遵守している、ということになっています。

 

日本国内では象牙の国際取引が禁止される前に合法的に入手した象牙に関しては流通させても良いということになっています。そこで、その象牙が合法象牙であることを証明する登録制度があるのですが、これがとんでもなくデタラメな制度であることが番組内で説明されています。一部の動物愛護に関心のある人たちの間では知られていたことですが、要するに、象牙を所持している人が「これは合法象牙です」と自己申告すれば合法象牙として登録できてしまうのです。

 

このインチキ制度は今年の7月から運用が厳格化されていて、放射性炭素年代測定法などによって客観的に合法象牙であることを証明することが必要になりました。ところがなんと、この年代測定に使用する象牙のサンプルは象牙の所持者自身が鑑定機関に送るんだそうです。つまり悪意を持った業者が、本物の合法象牙のサンプルを、違法に入手した象牙のサンプルと偽って鑑定に出すことで、違法象牙を合法象牙ロンダリングできてしまうわけです。

 

象の密猟は日本でもたまに話題になりますが、日本がそこに加担してる(と強く疑われている)という話は殆ど知られていないと思います。中国が象牙を禁止した今、日本は世界最大の象牙市場。日本の市場が密猟と関係ないなんていう日本政府の主張は私は信じられません。

 

象牙を奪われる象の写真はネットでいくらでも検索できます。あの象たちは日本人が使うハンコのために殺されてるんだとしたら。とても考えさせられます。

基本情報でも受けるか

久しぶりにブログを更新したもぐらコナーです。

 

やっぱりブログって書くの大変ですね。一週間に一本くらい書きたいなと思ってたのに、前にブログ書いたのがいつだったか思い出せないくらい。もっと気軽に更新していこう。

 

早速本題。タイトルの基本情報とは情報処理技術者試験というIT系国家資格群の下から二番目の試験です。本当は今年の10月の試験を受けようと夏頃は思ってたんだけど、思うだけで勉強せずもう11月。次の試験は来年の4月19日です。今から勉強すれば可能性はある試験です。ブログのネタがてら受験しようと思います。

 

現在手元にある参考書は2つ。

1つは『よくわかるマスター 基本情報技術者試験 対策テキスト 2019-2020年度版』という本です。これは情報処理技術者試験の最下位区分に位置するITパスポートを受験した時に使用したテキストと同じシリーズのものです。

もう1つは『基本情報技術者試験 らくらく突破Java 改訂3版』です。プログラミング経験も殆どない初心者で心細いですが気長に頑張ろうと思います。

 

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Netflixで「ボディ・ハント」を見た ※ネタバレ有り

Netflix大好き!もぐらコナーです。2012年のアメリカホラー映画「ボディ・ハント」を鑑賞したので、今日はそのことについて話そうと思います。

 

☆登場人物☆

エリッサ(ジェニファー・ローレンス):母親と二人で暮らす高校生。隣の家に1人で暮らすライアンと親しくなり、恋愛関係へと発展する。

 

ライアン(マックス・シエリオット):エリッサの家の隣に住む青年。妹キャリー・アンが両親を殺害して行方をくらませるという事件がきっかけで近隣住民から疎まれている。

 

サラ(エリザベス・シュー):エリッサの母親。エリッサとの親子関係はいまいち上手く行っていない。ライアンのことは受け入れようと努力するが警戒心を払拭できないでいる。

 

ビル(ギル・ベローズ):町の巡査。孤立しているライアンのことを気にかけている。いい人。

 

 

☆あらすじ☆

キャリー・アンによる両親殺害の場面から映画は始まる。少女は犯行後に森の暗闇へと消えて行った。

4年後、事件現場の家にはキャリー・アンの兄ライアンが1人で住んでいた。そんななか隣の家にキャシディ一家(エリッサとサラの母子家庭)が越してくる。地域から孤立するライアンに対し同情心と恋愛感情を示すエリッサだが、サラはライアンへの警戒心を拭いきれないでいる。

実はライアンは、家の地下室でキャリー・アンを匿っていたのだ。エリッサとライアンの関係が親密になるにつれてキャリー・アンの存在を隠しきれなくなるライアン。エリッサは地下室に閉じ込められたキャリー・アンに衝撃を受けるが・・・

 

 

 

 

 

☆感想☆

心を病んだ妹によって両親を殺され、叔母を看取り、土地の評判を気にする周りの住民から疎まれ孤立しているのがライアンです。エリッサと巡査のビルはそのライアンを不遇に思い気にかけます。ところがこの2人の善意は完全に裏切られる結果となってしまうわけですね。

 

母親のサラ以外の人たちは完全な悪意というか、自己中心的な理由でライアンを毛嫌いしてる訳ですが、サラは娘エリッサを心配するあまりライアンにきつく当たってしまうんですよね。また医者でもあるサラは、エリッサの「博愛主義」にも批判的で、「世の中には救われない人もいる」と説きます。

 

で、結果としてはサラの不安は的中します。実はライアンはとんでもないヤツだった。特にビルなんて、ああ可哀想。😢

確かに現実はこんなもんなのかな。でも映画でそれを見せられちゃうと夢がないというか、救われない話だなと思いました。

 

ライアンはとんでもないことをしてるけど、不幸な家庭環境に育ったのも事実です。不幸な過去で人格が歪んでしまった人が社会には包摂されるのは無理なのかな。

トルコ映画の楽しみ Netlixで「オスマン・マーケティング社」を見た ※プチネタバレ有り

Netflix大好き!もぐらコナーです。トルコ映画オスマンマーケティング社」を鑑賞したので、今日はそのことについて書こうと思います。色んな国の映画が見られるNetflixは素晴らしいですね。

 

☆あらすじ☆

海外から商品を仕入れて商売しているオスマンは失敗続きで損してばかり。恋人のセラップの父親に結婚の許可を貰うため挨拶に行くも実質無職であることを問題視される。おまけに持参したプレゼントでも逆に怒りを買ってしまい結婚は絶望的になり、セラップ自身の態度も冷たくなってしまう。(というか、オスマンとセラップが仲良くしてるシーンってあったっけ?フェイスブックの友達申請も承認してもらえてないし、本当に付き合ってたのかな?)

セラップの家の隣の薬局で働いているソンギュルという女性はどういうわけかオスマンに一方的に好意を抱いているがオスマンは相手にせず、セラップとの結婚を夢見て部下のエルカンやウイグル人脳科学社たちと共に事業拡大に勤しむ。案の定失敗続きだが・・・

 

 

☆感想☆

今までブログに書いて来たバスク映画の「エレメンタリ」、スペイン映画の「アニマ」、韓国ドラマの「キングダム」といった作品は、私たちが慣れ親しんでいる日本やアメリカの映画と基本的には同じように鑑賞できましたが、この映画はそういう作品とは毛色が違うと感じました。鑑賞態度を切り替える必要があるのかな。コメディは文化の違いが出やすい分野だとよく聞きますが、この映画では特にそれを感じました。

 

前半は正直「最後まで見きれるかな?」と不安でした。「これは面白いの?」「このシーンは必要なの?」と感じる場面が多くて。最初はオスマンスリランカから仕入れた女性用ヘアケア商品を通販番組で宣伝する場面から始まりますが、初っ端からこれがイマイチ要領を得ないというか、全然笑えないし会話のテンポが悪いと思いました。でも、このヘアケア商品のオチはおバカ過ぎて笑っちゃいました。

 

事業拡大を目指すオスマンと部下のエルカンは、視聴者参加型番組に出演してどさくさ紛れに商品の宣伝をするという悪巧みを思いつくんですが、3つの番組に出演する演出が10分ほど続きます。番組趣旨と関係ない商品宣伝し始めたオスマンがスタッフにつまみ出される様子を数十秒とかじゃだめなのかな?とか思ってしまうくらい長いんです。

 

「絶対こういうオチだろうな~」と予想できるオチの前振りにも10分近く費やすんですよ。電気ヒーターとイスラム教徒礼拝用マットを融合させた新商品を開発するという話があるんですが、もう絶対に火が出ますよね。で、やっぱりモスクが火事になります。映画の本筋には全く必要ないエピソードに10分も使っちゃうんですね。でも途中から逆にそれが面白くなってくるんです。この辺りになると映画のテンポに慣れて来て面白く感じ始めました。

 

ストーリーとしては結局オスマンが成功してハッピーエンドなんですが、オスマン自身の人間 的成長は全くありません。完全に他人(ソンギュルとエルカンとウイグル人)の力に乗っかって運だけで成功者になってしまいます。「取って付けたような主人公の成長なんて描く気はないよ」という潔さを感じました。

 

この作品の予告編がYouTubeにアップされていました。なんと1000万再生ですよ。トルコ人口は7000万人ですよ。大人気ですね。PC的にどうなの?と感じる描写も結構あるけど、トルコの街並みがすごくオシャレだし異国情緒あふれる音楽もいいです。最初は退屈に感じても最後には「面白かった」と感じるはずです。ぜひ見てください。

Netflixで「キングダム」を見た

Netflix大好き!もぐらコナーです。韓国のネトフリオリジナル作品、「キングダム」を鑑賞したのでそのことについて話そうと思います。

 

 

舞台は李氏朝鮮時代です。漢陽(ハニャン:今のソウル)の宮廷内では王妃の父親であるチョ・ハクジュを中心とするチョ氏の派閥が権力を握っていて、側室の子である皇太子イ・チャン(劇中では主に世子と呼ばれる)は政治的に不安定な状況にあるんですね。そんな中、健康状態が悪化し死亡説まで流れている父国王への謁見すらチョ氏に妨害されてしまいます。事態打開の鍵が東莱(トンネ:今の釜山)にあると知った世子は近臣のムヨンを連れて東莱に向かいます。無事東莱に到着したのですが、なんとゾンビが大量発生してしまいます。ゾンビとの戦いとチョ氏との戦い、この二つを軸に話が進んでいきます。

 

 

私が注目したのは世子の人格描写です。権力を欲しいままにして民衆を苦しめる政敵チョ氏と自分を対比させる世子は、弱い民衆に寄り添う君主という自己像を思い描いています。でも結局これは虚像に過ぎないわけですね。劇中でチョ・ハクジュの息子のセリフにもありますが、世子は「運良く王の息子に生まれただけ」なんです。良くも悪くも凡庸な人間であって、優れて徳が高いわけでも英雄的名君でもないんですね。

 

 

世子は基本的に民衆を見下しています。旅の途中で貧しい民衆の暮らしぶりを目の当たりにした世子の表情は嫌悪感に満ちていました。意思も弱いです。近臣ムヨンから、東莱へ向かう旅の途中では豪華な食事は望めないことを忠告された場面では「構わぬ(キリッ」なんて言っていたのに早速2話の冒頭では「同じものばかり食べてもううんざりだ」と食料を地面に放り投げてしまいます。他者への共感も欠けています。旅の道中、近臣ムヨンに対して「三族皆殺しだ」という冗談を何度か繰り返します。それを真に受けたムヨンが怯えるのをからかうんです。劇中では権力者の気まぐれで人が殺される場面が何度も出て来ます。この冗談は「不愉快だ」とムヨンが抗議するのも当然ですが、それに対して世子は「私は愉快だ」と悪びれる様子はありませんね。

 

 

さて、世子が民衆とともにゾンビから隠れている場所にチョ氏側の役人がやって来ます。謀反の疑いがかかった世子を連行すると言います。ここで世子が大人しく投降すればそれで済むはずなのに、怖気付いた世子にはそれはできません。結局役人から弓矢による攻撃を受けて多くの民衆が死んでしまいました。自分が投降することよりも民衆が巻き込まれて死ぬ方を選びました。

 

 

その後、「弱い民を見捨てるチョ氏とは違う」という自己認識が間違っていたことに気付いた世子は落ち込みます。人間性に変化が訪れたのかなと思わせる場面ですがそのすぐ後、以前民衆を見捨てて船で逃げた東莱府の府使がやって来ます。府使の姿を見た世子は怒りに任せて府使を蹴り倒し、「お前が見捨てた民がどれほど苦しんだのか」と叱責します。「アレ、自分も同じことしてたよね???」と思いますよね。この時点ではまだ世子の傲慢さは全然変わってないんじゃないかな。人間そう簡単に変われないですよね。結局この後も世子の人間性を試すような極限状態は発生することなくシーズン1が終わります。変われたんでしょうか。

 

 

ところで、世子周辺にチョ氏勢力への内通者がいる可能性がシーズン1終盤で示唆されます。誰なんだろう。最初から行動を共にしてたのは近臣ムヨンだけですよね。彼が内通者なんだとしたら「三族皆殺し」の冗談で笑えなかったのも別の見方ができてしまうなあ。

 

あと、チョ氏の息子役のチョン・ソグォンという俳優は去年の二月に薬物で逮捕されて執行猶予判決を受けたらしいんですよね。ネット配信作品とはいえ、これだけ早く俳優業に復帰できるのは韓国芸能界では普通のことなのかな。日本もそうなるといいな。この人の役はなかなか影のあるキャラで注目してたのに2話であっさり死んじゃいました。もうちょっと掘り下げて欲しかった。

 

完璧人間の完璧ライフ Netflixで「ポンペイ」を見た

Netflix大好き!もぐらコナーです。

 

突然ですが先日、Cambridge  Latin Course Book 1という本を購入しました。ラテン語の入門書です。ラテン語の説明の他、豊富なカラー写真と一緒にローマの地理・歴史・文化などが説明されている楽しい本です。

 

全5分冊ですが今回買った1冊目はポンペイという都市が舞台になっています。西暦79年に火山噴火で崩壊した悲しい町です。

 

「そういやポンペイの映画、ネトフリのマイリストに入れてたな」と思い出しました。これを機に鑑賞しました。

 

     2014年のアメリカ映画

 監督   ポール・WS・アンダーソン

 キャスト キット・ハリントン

      エミリー・ブラウニング

      キャリー=アン・モス

      アドウェール・アキノエ=アグバエ

      ジェシカ・ルーカス

      ジャレッド・ハリス

      キーファー・サザーランド

 

☆登場人物☆

 マイロ(キット・ハリントン)  ケルト人の剣奴。幼少期は騎馬民族の一員として北ブリタニアに住んでいたがローマ軍に家族や仲間は惨殺されてしまった。

 カッシア(エミリー・ブラウニング)  ポンペイの市長(になるのかな?)セヴェルスの娘。マイロといい感じになる。

 コルヴス(キーファー・サザーランド)  ローマからやってきた悪徳元老院議員。マイロの家族を殺させたのもこいつ。カッシアと結婚しようと画策。

 

話の内容はですね、 

・コルヴス以下、自分の家族を殺したローマ人へのマイロの復讐

・最初はいがみ合っていた他の剣奴との友情

・マイロとお偉いさんの娘カッシアの身分を超えた愛

ポンペイの街を破壊したヴェスヴィオ火山の噴火とそれに伴う大自然災害

これらが同時進行していく感じですね。

 

 

 

☆感想☆

冒頭にお話ししたラテン語教材ですが、第1課にポンペイの金持ちの家の様子が説明されているんです。玄関の両隣にお店を出すスペースが有ったり、家の中に雨水を貯めるプールが有ったりという説明を読んだ後で映画を見たので、教科書に書かれている通りの家が映画に出てきて感動しました。

その他の街並みなんかも再現度が高いようです。やっぱり歴史物は背景知識を増やせば増やすほど楽しめますね。いっぱい勉強せねば。

 

あと、出てくる俳優陣がみんな素晴らしい体をしています。こういうのはさすがアメリカ映画といか、映像芸術の一部としての肉体への意識が日本とは違うと感じます。

 

目の肥えた映画ファンにはCGの評判悪いらしいんですけど、僕には十分楽しめました。火山の描写とか、富士山が噴火したらこうなっちゃうのかな~とか思ったり。

 

 

でもこの映画、正直あんまり感動できませんでしたね。不遇な環境は自分のせいじゃないし復讐への動機はこの上なく正当で、超強くて、どんな困難にもめげずに勇敢で人間性完璧なイケメンが金持ちの美女を救うっていう。これ、どこに共感すればいいんだろう???

 

 

復讐・友情・愛・災害という四つのテーマが無理やり詰め込まれていて、一つ一つがありきたりな印象をどうしても受けてしまいました。

 

悪代官います。やっつけました。

嫌なやつがいます。無二の親友になりました。

身分の差が恋の障害になってます。乗り越えました。

自然災害。怖いです。

 

こんな風に感じてしまいました。僕の感受性のせいかな。😢

 

 

映像的には楽しめたのでそこは良かったです。

自分とは何か Netflixで「アニマ」を見た ※ネタバレあり

Netflix大好き、もぐらコナーです。今回はスペインのネトフリオリジナル作品「アニマ」を鑑賞したので、そのことについて話そうと思います。

 

まず映像がすごく綺麗です。メイン登場人物のアブラハムのどことなく中性的な雰囲気もあり、全体としてとてもムードある作品です。

 

一応ホラー作品になるのかな?でも全然怖くないからホラー苦手な人も安心。ただ、結構難解な作品だと思います。何度か見返したけど未だによくわからないシーンがいくつか残ってます。肝心のラストシーンも「この解釈で合ってるのかな?」と、イマイチ自信を持てないのが正直なところ。

 

ところで、「アニマ」の意味は何でしょうか。昔衝動買いして23回使ったっきりのスペイン語辞書で調べてみたところ、「anima」で「魂」という意味になるそうです。日本語タイトルは「アニマ」ですが原題は「ANIMAS」と複数形になっていますね。

 

 

☆主要登場人物☆

 

・アレックス   高校を卒業したばかりの女子。アブラハムとは昔からの親友。アブラハムと親密な様子のアンチのことが気になっている。最近身の回りに怪奇現象が頻発している。自傷癖あり。

 

アブラハム   アレックスと同級生の男子。暴力的な父親と心を病んだ母親と共に暮らす。ホラー映画が好き。

 

・アンチ   アブラハムとイチャイチャしている中国系の女子。アブラハムと同じくホラー好き。

 

・カーラ=ベルヘル   アブラハムが通っているサイコセラピスト。

 

 

 

 

☆以下ネタバレ☆

 

 

辛い環境で過ごす少年アブラハムの心に誕生したもう一人の人格アレックスを取り巻く話でしたね。だからanimaS。なるほど。ただ、あの最後のシーンはどう解釈すればいいんでしょうか。アレックス人格が「私は消える」と宣言した後、建物屋上から飛び降りましたね。そこで終わってればアブラハム人格に統合されてめでたしめでたしですが、なんで巻き戻るの?

 

結局アブラハムの肉体を支配したのはアレックス人格だったんじゃないでしょうか。

 

まずこの映画、画面の色がすごく印象的で、赤・緑・黄色の三色が場面ごとに象徴的に使われていますよね。赤は父親の虐待など、アブラハムの体に降りかかる苦痛を象徴してるんだとして残りの緑と黄色ですよね。

 

ホラー要素の強い場面では緑が使われることが多く、逆に黄色は安心感ある場面で使われることが多いです。でもアブラハムがアンチと楽しそうに会話しているシーンでは緑が使われています。楽しい会話なのに。逆にアレックス人格に支配されたアブラハムの肉体がセラピストを殺そうとする場面は黄色なんですよ。

 

つまりこういうことじゃないでしょうか。アレックス人格が優位に立っている、もしくはアブラハム人格と共存している時には黄色、アブラハム人格が自立を志向してアレックス人格が危機にある時は緑。

 

これが正しいとします。そこで最後のアレックス飛び降りシーンですけど、アレックス人格は危機どころか消滅しようとしていますよね。でも画面は黄色いんですよ。つまりアレックス人格は危機に瀕していない。

 

 

ところで、映画の最初の方にアブラハムとアレックスが公園で将来について話ししてる場面ありますよね。あそこで、「20年後、父親の店で怒鳴り散らすアブラハムの姿が目に浮かぶ」と言ったアレックスに対してアブラハムは「冗談だろ。死んだ方がマシだ」と返すんですね。これ英語字幕にするとアブラハムは「I’d rather jump off a building.」と言っているんです。「ビルから飛び降りた方がマシだ」

 

オリジナル言語はスペイン語ですが、そちらにも「tejado」という言葉があって、これが「屋根」という意味なんですよ。

 

 

劇中にアブラハムによっても語られてましたけど、アレックスは無意識に抑圧されたアブラハムの欲望のままに行動しているんですよね。アブラハムはアレックスが飛び降りる直前に父親殺害の犯人が母親であることを知りました。辛い現実ですよね。受け入れたくない。辛い。これからの長い人生を生きていくのは辛すぎる。「屋根から飛び降りた方がマシだ」

 

アブラハムの無意識に押し込まれたこの欲望が「アレックス人格が消滅することによって人格統合が為された」という空想を作り上げつつ実際にはアブラハム人格(欲望の主体)を消滅させることにより辛い人生から逃げ出すことに成功した。

 

つまり最後に目覚めた肉体に宿る人格はアレックスなんですよ。乗っ取られてしまった。というかアブラハムが肉体をアレックスに明け渡した。いや押し付けた?

 

劇中で何度かでてくる「サイコ」も最後にはノーマンはノーマの人格に乗っ取られてしまいますよね。そういう話なんじゃないかなと思ったんです。